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ふたば学舎の日常

このブログでは【NPO法人ふたば(ふたば学舎指定管理者)】からの情報をお伝えしています。

「忘れないでおこう」

阪神・淡路大震災の記憶を歌を通して伝える「被災の語り歌コンサート・ツアー」は、これまで9/10(土)と10/1(土)に実施しましたが、

被災の語り歌コンサート・ツアー、第1回が終わり、次は第2回 - ふたば学舎の日常

震災の記憶を歌で、体験学習で、映画で伝える - ふたば学舎の日常

あと3回、来年の1/21(土)・2/25(土)・3/25(土)に行う予定です。すべて参加無料です。詳細については11月末か12月はじめにお知らせします。

で、昨日、1/21の会場である北神区民センター大ホールに音響打ち合わせのために行ってきました。きれいなホールで音もよく響きそうです。

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区民センターを出てすぐの所に「あのね」と題する像があったのですが、1/21は「あのね、22年前(!)に阪神・淡路大震災があって・・・」というふうに(音楽+映像も使って)記憶を伝えたいと思っています。当日は、「被災の語り歌コンサート」で過去の震災を振り返りながら歌を堪能し、その後、有馬温泉に行く、なんていいんじゃないでしょうか・・・。(やまずみ)

 

*「被災の語り歌」は、阪神・淡路大震災を忘れないための媒体です。過去の震災は、そこから汲むべき教訓があっても、時が経てば忘れてしまう、ゆえに忘れないでおこう、といったことは色々と言われてきました。以下はそうしたことに関するメモです。

「(おほなゐ[大地震]の後)人皆あぢきなきことを述べて、いささか心のにごりもうすらぐと見えしほどに、月日かさなり年越えしかば、後は言の葉にかけて、いひ出づる人だになし。」(鴨長明方丈記』)

「(災害を防ぐ)唯一の方法は人間がもう少し過去の記憶を忘れないように努力するより外はないであろう。」(寺田寅彦津波と人間』)

「それが災害対策の難しさです。警告を対策にまで結びつけるには、人間の忘れっぽさのことまで考えて行う必要があるのです。」(畑村洋太郎『未曾有と想定外』)

それから、NPO法人ふたば理事の和田幹司さんからご恵贈いただいた『グレーター真野の町から―震災21年の報告―』には、上記の『方丈記』の引用があり、その前に次のように書かれています、「震災の神戸と書いてきたが、明石にも、淡路にも芦屋・宝塚・西宮にも大きな被害がある。忘れないでおこう。」(p.207)

マイコテ

今日は、出先でぐらっとくる地震が起きびっくりしました。21年前に震度7を経験したとはいえ(したがゆえ?)、震度3、4あたりの大きさになるとヒヤっとします。震源鳥取県中部は震度6弱だったそうですが、被害にあわれた方が少ないことを願っています。

出先で用事が済んだ後、本町商店街にある「カギのヤマモトヤ」さんに寄って、話題のマイコテを作りました。前からどんなものか気になっていたのです。刻印を金づちで打って名前を入れればオリジナルコテが完成。facebookで紹介していただきました↓

https://www.facebook.com/%E3%82%AB%E3%82%AE%E3%81%AE%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%A2%E3%83%88%E3%83%A4-599848706832056/

それから震災のことを少し伺って、ふたば学舎の震災学習でまち歩きをしている時に立ち寄らせていただけるよう協力をお願いしました。ありがとうございます。

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(やまずみ)

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震災資料の募集+震災学習雑感

ふたば学舎では現在、阪神・淡路大震災、特にふたば学舎近隣の被災に関する写真や映像などの資料を募集しています。集めた資料を用いて、来年1月~3月の間に震災資料展示を行うことを考えています。

これまで公表されたことのない震災資料がございましたら、ふたば学舎にご提供ください。

問い合わせ先は、ふたば学舎TEL:078-646-8128(担当:やまずみ)。

 

以下、震災学習に関する備忘録的雑感です。

テッサ・モーリス‐スズキは、歴史に関してはどこまで真実に近いかより「人びとが過去の意味を創造するプロセスの“真摯さ”を検討評価するほうが有益ではないだろうか」と言います(『過去は死なない―メディア・記憶・歴史』)。歴史的真実を追い求めれば、相反する夥しい量の情報に圧倒され、最後には専門家や権威に頼ってしまい、主体的に歴史と向き合う機会を放棄してしまうということが起こりえます。

震災について言えば、日本が地震大国であることを考えれば、やはり過去に起きた震災についての学びが将来的な防災/減災につながるでしょうから、専門家まかせではなく、主体的に過去の震災から「意味を創造」し教訓を学びとる必要があります。しかしどのように?

ふたば学舎では震災学習を行っていて、その主たる目的は、21年前の1995年1月17日に起きた兵庫県南部地震阪神・淡路大震災の記憶と教訓を次世代に伝え未来の防災につなげる、です。

阪神・淡路大震災については21年の間に数多くの書籍が刊行され、論文が発表され、記事が掲載され等々、情報が公にされてきました。そうしたものから震災の記憶と教訓を拾い上げることもできますが、その時の問題は「こうなって、ああなった」というふうに結末がわかってしまうということです。それがなぜ問題かと言えば、震災時にはその状況に合わせて臨機応変に行動しなければいけなくなるからで、むしろ防災上大切なのは「こうなる」という断定ではなく、「こうなるんじゃないか」という可能性を想像することでしょう。

そういうわけで、ふたば学舎の震災学習の参加者(主に中学生・高校生)には、避難所体験などのメニューを中心にして被災の追体験をしてもらっています。参加者が阪神・淡路大震災の被災者になったという想定のもとに行動することによって、自分自身の震災の記憶(=意味)を創造し、主体的に教訓を学びとるのです。

丸山眞男の言葉を借りれば(なぜ丸山なのかはひとまず置いておいて)、過去の追体験とは「今日から見てわかっている結末を、どうなるかわからないという未知の混沌に還元し、歴史的には既定となったコースをさまざまの可能性をはらんでいた地点にひきもどして、その中にわれわれ自身を置いてみる、ということです」(「幕末における視座の変革」)。

実際に震災学習の参加者がどの程度まで学びとっているか判断しかねますが(それゆえ学習効果を明確に表すことはできませんが)、震災学習を実施する側の手ごたえとしては、過去の震災の可能性をはらむ地点に戻るという学習方法は有効であると考えています。(やまずみ)

まちの文化祭ポスター完成

旧称・神戸市立地域人材支援センター時代から恒例の秋のお祭り「まちの文化祭」のポスターが完成しました。で、JR新長田駅改札前の階段を降りた所にある、ふたば学舎の看板に貼ってきました。

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開催日時は、11月13日(日)10:00~16:00です。今回は屋台の数が増えていることもあり、お祭りムードがいつも以上に高まること間違いなしです。また、展示と舞台に屋外イベントとパフォーマンスも加わって、内容が充実していますから、きっとご来場のみなさんには、まちの文化祭当初に掲げたテーマ「笑って遊んで学んじゃおう!」の通りに楽しんでいただけるでしょう!

詳細はこちら↓

ふたば学舎(神戸市立地域人材支援センター) - まちの文化祭2016

ご来場お待ちしております!!(やまずみ)

震災の記憶を歌で、体験学習で、映画で伝える

10/1(土)西区民センターで被災の語り歌コンサートを実施しました。12人の参加者で、練習用音楽室という広くない場所で行ったせいか、シンガーソングライターの石田裕之さんの声がダイレクトに届く濃密なコンサートになりました。ちょっとした試みとして1曲、震災の記憶を分有するため、参加者のみなさんに「被災者の声」を(石田さんの演奏をバックに)読んでいただきました。

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そして本日、10/4(火)、高知県立高知南中学校2年生118名を対象に震災体験学習を実施しました。炊き出し体験と避難所体験という内容で、避難所体験では実際の避難生活を想像し、どういう問題が起こるか具体的に発表してもらいました。みなさん、南海トラフ地震のことも考慮に入れて取り組んでいました。

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最後にイベントのお知らせですが、10/29(土)13:30~15:15、当館3階講堂で震災関連映画の無料上映会を行います。上映する映画は『遺体~明日への十日間~』です。申し込みは不要、定員は先着200名、当日の開場は12:30からです。

ふたば学舎(神戸市立地域人材支援センター) - 映画上映のお知らせ

(以下、Facebookでお知らせしたのと同文)大規模災害の犠牲者は真の被災者であるにもかかわらず、阪神・淡路大震災だと6434人というふうに、数字であらわされてしまいます。それに対して、東日本大震災の被災地の遺体安置所を舞台とするこの映画では、一人一人の犠牲者とその犠牲者に向き合う人々の姿が描かれます。そして、災害時の遺体安置所でいかに一人称の死(私の死)、二人称の死(あなたの死)、三人称の死(だれかの死)が交錯するかを見ることができます。この映画をご覧になって、あまり触れられない震災の記憶の側面について思いを巡らせていただきたいと思っています。(やまずみ)

震災の記憶の声を伝える「被災の語り歌コンサート」

明日10/1(土)は、神戸市立西区民センターの音楽室で18:30から19:30の間、被災の語り歌コンサートを行います。ふたば学舎の外で行うのは2回目です。

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阪神・淡路大震災から21年経っても、未来の防災のために伝えられるべき震災の記憶と教訓は数多く残っていると思います。もちろん忘却の川に流れ去った記憶も数知れずあるでしょう。

被災の語り歌コンサートは歌を通して震災の記憶を伝えようとするもので、主役は「声」です。語り歌を歌うシンガーソングライターの石田裕之さんの声、被災者の声、あるいはオーディエンスの声・・・。伝えるべき記憶の具体的な内容より先に、まず記憶の声を届けることができればいいのですが。

(以下、余談)

ところで、最近、詩人・金時鐘さんの『朝鮮と日本に生きる』(岩波新書)を読んだのですが、それは20年ほど前に大阪で聞いた金さんの講演での圧倒的な声の力の源泉を改めて確認したかったからです。私が聞いた金さんの声は、特に大きな声とかよく響く声ではなくて、鬼気迫るものがあり、異様に心をえぐられた記憶があります。『朝鮮と・・・』を読むと、その声は、皇国少年だった植民地時代、済州島四・三事件、その後行きついた大阪・猪飼野朝鮮語授業を担当していた兵庫県湊川高校・・・それらを通過してきた声(本では文体から浮かび上がる声)だったように思えます。

そうはいっても、あの時の圧倒する声の力はいまだ得体の知れないものですが、『朝鮮と・・・』を介して、震災の記憶を伝えるのに「声」が大切であることを考えさせられました。

金さんの他の著作『「在日」のはざまで』に次のようなエピソードが紹介されています。湊川高校時代に金さんは、授業をつぶそうとする生徒と長時間対峙し、こう述べます、「正直に言おう。私に勇気があって、その場を耐えたのではない。しいたげられてきた者のひとりとして、本当におこったときの怒りが何であるかを、私は知っていただけなのだ」と。

本当に伝えるべき震災の記憶は何でしょうか?(やまずみ)

今日は2件の震災学習

本日、2件の震災学習を実施しました。

まず、9時から福島県立修明高等学校2年生166名を対象に、まち歩き体験を行いました。10グループに分かれて、ガイドによる阪神・淡路大震災時の被災状況とまちの復興についての説明を聞きながら、六間道から鉄人28号モニュメントにかけて歩きました。

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その後、11時30分から福岡県明光学園中学校3年生37名を対象に、災害食体験を行いました。ポリ袋で米を炊き、同じくポリ袋でポトフを作りました。ご飯は各自が作った紙食器に盛って食べましたが、ご飯もポトフも美味だったようです。

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どちらも短時間の震災学習でしたが、生徒のみなさんに阪神・淡路大震災の記憶と教訓が伝わっていることを願います。(やまずみ)