読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ふたば学舎の日常

このブログでは【NPO法人ふたば(ふたば学舎指定管理者)】からの情報をお伝えしています。

震災資料の募集+震災学習雑感

ふたば学舎では現在、阪神・淡路大震災、特にふたば学舎近隣の被災に関する写真や映像などの資料を募集しています。集めた資料を用いて、来年1月~3月の間に震災資料展示を行うことを考えています。

これまで公表されたことのない震災資料がございましたら、ふたば学舎にご提供ください。

問い合わせ先は、ふたば学舎TEL:078-646-8128(担当:やまずみ)。

 

以下、震災学習に関する備忘録的雑感です。

テッサ・モーリス‐スズキは、歴史に関してはどこまで真実に近いかより「人びとが過去の意味を創造するプロセスの“真摯さ”を検討評価するほうが有益ではないだろうか」と言います(『過去は死なない―メディア・記憶・歴史』)。歴史的真実を追い求めれば、相反する夥しい量の情報に圧倒され、最後には専門家や権威に頼ってしまい、主体的に歴史と向き合う機会を放棄してしまうということが起こりえます。

震災について言えば、日本が地震大国であることを考えれば、やはり過去に起きた震災についての学びが将来的な防災/減災につながるでしょうから、専門家まかせではなく、主体的に過去の震災から「意味を創造」し教訓を学びとる必要があります。しかしどのように?

ふたば学舎では震災学習を行っていて、その主たる目的は、21年前の1995年1月17日に起きた兵庫県南部地震阪神・淡路大震災の記憶と教訓を次世代に伝え未来の防災につなげる、です。

阪神・淡路大震災については21年の間に数多くの書籍が刊行され、論文が発表され、記事が掲載され等々、情報が公にされてきました。そうしたものから震災の記憶と教訓を拾い上げることもできますが、その時の問題は「こうなって、ああなった」というふうに結末がわかってしまうということです。それがなぜ問題かと言えば、震災時にはその状況に合わせて臨機応変に行動しなければいけなくなるからで、むしろ防災上大切なのは「こうなる」という断定ではなく、「こうなるんじゃないか」という可能性を想像することでしょう。

そういうわけで、ふたば学舎の震災学習の参加者(主に中学生・高校生)には、避難所体験などのメニューを中心にして被災の追体験をしてもらっています。参加者が阪神・淡路大震災の被災者になったという想定のもとに行動することによって、自分自身の震災の記憶(=意味)を創造し、主体的に教訓を学びとるのです。

丸山眞男の言葉を借りれば(なぜ丸山なのかはひとまず置いておいて)、過去の追体験とは「今日から見てわかっている結末を、どうなるかわからないという未知の混沌に還元し、歴史的には既定となったコースをさまざまの可能性をはらんでいた地点にひきもどして、その中にわれわれ自身を置いてみる、ということです」(「幕末における視座の変革」)。

実際に震災学習の参加者がどの程度まで学びとっているか判断しかねますが(それゆえ学習効果を明確に表すことはできませんが)、震災学習を実施する側の手ごたえとしては、過去の震災の可能性をはらむ地点に戻るという学習方法は有効であると考えています。(やまずみ)